
ここ数日、パーシヴァル・ローエルのことを調べるにつけ、興味深い物事が次々でてくる。
20世紀はじめ、アメリカモダニズム詩人であり、ピューリツァー賞に輝いたこともある妹がいた。
葉巻きを愛好し、巨体をたゆたわせた女性詩人、エイミー・ローエル。
「T.S.エリオット、エズラ・パウンド、D.H. ローレンス、ロバート・フロストといった詩人達と活発に議論を交わしていたらしい。彼女の詩や詩論は、彼女の詩作のなかには日本や東洋を題材とした作品が多くあり、そのオリエンタリズムの特徴や、あるいは、現代詩の中核をなすイマジズムの擁立と実践にかかわる詩論など、興味深い研究がなされてきたのは事実である。それでも、40年代以降のキャノンから彼女が明確に排除されたことも否定できない事実である。それはなぜだろうか。皮肉な事に、その理由をさぐることから逆に彼女の本質に迫る道が開けてくる。実際ここ10年ほど、エイミーに対して熱っぽい関心が向けられはじめ、これまで抑圧され、無視され続けた彼女のレズビアン詩人としての側面に新しい光が注がれている。ボストン・ブラーミン出身の彼女が背負った文化との関係において、その伝統にあらがった彼女の詩作と生き方は、今こそ新しい研究を求めているといって過言ではない。」
と、国際基督教大学の大西直樹英米文学教授は語っている。
兄が兄なら妹も妹だ。ぶっ飛んでいる。もともと文学的素養のある家系のようだ。実際、ネットで検索してもエイミー・ローエルの記事は日本語ではあまりみつからない。英文のサイトをしらべてみるか。